生活・ライフスタイル

家族のうさぎが亡くなってしまいました。

投稿日:2018年4月23日 更新日:

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先日、4年5か月一緒に過ごしていたうさぎが亡くなってしまいました。    名前は「ふたば」と言います。    男の子です。    今までここではうさぎがいることは話したことが無かったですが、いつか可愛い姿を紹介したいと思っていたんですが、こんな形になってしまいました。

 

先日、4年5か月一緒に過ごしていたうさぎが亡くなってしまいました。

 

名前は「ふたば」と言います。

 

男の子です。

 

今までここではうさぎがいることは話したことが無かったですが、いつか可愛い姿を紹介したいと思っていたんですが、こんな形になってしまいました。

 

今からお話することは私は批難の的になるかもしれません。

 

ただの自分達のことを語るだけですし、書かなくてもいい内容です。

 

「死」についてお話するので、嫌な方はここで戻って下さい。

 

 

出会いは変なうさぎ専門店

 

4年半程前のクリスマス、同棲して1年程経った彼女(今の妻)にクリスマスプレゼントとして「うさぎの本」をプレゼントしました。

 

ずっと二人でうさぎを飼いたいねと話をしていたので、とても喜んでくれたのを覚えています。

 

年が明け、いくつかペットショップ、うさぎ専門店を回ったのですが、なかなか良い子に巡りあいません。

 

翌週も探しにいこうということで、インターネットで探していると、小さそうな店ですが、とても可愛いうさぎばかり載せているお店を発見しました。

 

特に家族の一員となる「ふたば」は真っ白でとても可愛い顔をしていたので、この子をメインに他の子も翌週見に行くことにしました。

 

翌週お店に行ってみると、カウンターにいたちょっと若めの男性の店員さんが

 

「予約はしてますか?電話で予約してから来てもらってるんですよ。」

 

とのこと。

 

もうこの時点で私も彼女もちょっとやばい店に来てしまったと肌で感じていましたが、来ちゃったのはしょうがないとのことで一応話をしてくれました。

 

そしたら、まぁお兄さんのうさぎの説明が長いこと長いこと。

 

あまり詳細は載せませんが、後で知ったのですがいろんな意味で有名なお店でした。

 

なんやかんやで、購入の許可がお店から出た(本当ですよ)ので、3羽程膝の上に乗せ触ってみることに。

 

その内、真っ白なホーランドロップの子と茶色の小さなネザーランドドワーフの子と迷いました。

 

迷いながら眺めていると、茶色の子は非常に整った顔で大人しく、優等生の佇まいです。

 

一方真っ白の子はケージの天井に向かって立ち上がり、こっちをたまに見てはコテンと後ろにひっくり返ったりしていました。

 

これが堪らなく可愛く、真っ白の子を連れて帰ることにしました。

 

帰りに当然名前をどうしようか?という話になったのですが、私がふと、買った専門店で「P28」という通し番号?が付けられていたことを思い出し

 

「ふた(2)ば(8)はどう?」と提案したところ、妻も見た目にピッタリだと納得し、即名前が決まりました。

 

 

最初は緊張してたけど元気いっぱいなうさぎになりました。

先日、4年5か月一緒に過ごしていたうさぎが亡くなってしまいました。    名前は「ふたば」と言います。    男の子です。    今までここではうさぎがいることは話したことが無かったですが、いつか可愛い姿を紹介したいと思っていたんですが、こんな形になってしまいました。

 

家に連れてきてから最初の一週間は本当にふたばは緊張しっぱなしでした。

 

目が合っても目を逸らすし、近づくと少し後ずさりするような感じです。

 

なかなか人間には懐かないとは聞いていましたが、極度に人見知りのようです。

 

でも、エサをあげるに連れて慣れ始め、ケージの中でなら触れるようになりました。

 

最初は出たがらなかったケージの外でもワンパクに遊び始めました。

 

2年後ぐらいに買ってあげた大きめのケージに引越しした後はエサの時間が近くなると、入口に向かって

 

「はよ、飯よこせや~!」

 

と言わんばかりに「ドロップキック」をしていました。

 

おいおい、もうちょっと優しくしてくれ。

 

今では撫でてもらうのが大好きな程に仲良くなることが出来ました。

 

 

突然の別れ

 

今年に入り、左前足の骨に異常が見つかり、病院通いが続いていました。

 

家では朝・夜と薬を飲ませていました。

 

病院は昔から嫌いで、病院に連れていこうとすると、とても嫌がります。

 

また、病院から帰ってきた後はストレスか、元気がない日が続きます。

 

足が痛いのもあり、今年は元気いっぱい!という感じでなく、食欲もあるのですが、昔ほどの元気が無くなっていました。

 

そして運命の土曜の朝、私も妻も休みの日でした。

 

一度朝8時ぐらいに起きたのですが、ちょっと眠かったので二度寝をして10時ぐらいに起きました。

 

そのまま私は少し寝室にいたのですが、リビングにいた妻から「ふたばが暴れだして、鼻から鼻水が出てる。」とのこと。

 

見に行くと鼻から鼻水を垂れ流して、ふたばの姿が。

 

突然暴れだしたりということは過去に数回ありましたが、鼻水を流しているというのは始めて見ました。

 

とりあえず、行きつけの良い先生がいる病院に電話して、症状を説明したところ、土曜日で大変混んでいましたが15時に予約が取れました。

 

その間にインターネットなどで調べてみると、なにか鼻の中に入ってしまったか、「スナッフル」と呼ばれる鼻風邪のどちらかの症状とよく似ていました。

 

ふたばも鼻水を流していますが、鼻から呼吸も出来ていて、落ち着いていたので、様子を見ながら朝食兼昼食を取り、出かける準備をしていました。

 

その間も一度暴れ出しましたが、すぐ落ち着きました。

 

鼻水を拭いてあげようとしましたが、とても嫌がります。

 

心配でしたが、先ほどと同じように落ち着いて呼吸もできているので大丈夫そうです。

 

12時30分ぐらいだったでしょうか、また暴れだしました。

 

三回目でしたが今度は少し様子がおかしくフラフラするように倒れたりもしています。

 

なんとか捕まえて布団のところに連れていくと、とてもぐったりしています。

 

体に力が入っていません。

 

抱き抱え鼻水を拭いてあげましたが反応がありません。

 

そして、何度か口をパクパクして、呼吸をしなくなってしまいました。

 

急いで病院に電話して緊急で見てもらえるようお願いしました。

 

ただ、どうしても隣町なので急いでも30分は掛かります。

 

その間胸の押す人口マッサージも少し行いましたが、覚醒する様子はありません。

 

急いで出発し、駅まで妻とふたばを抱え走りました。

 

電車に乗り、すぐにふたばに触りましたが、体が硬くなっています。

 

この時厳しい状態だと悟りました。

 

なんで、朝気づいた時点で無理やり病院に行かなかったんだろう。

 

とにかく早く病院に行っていれば助かっていたんじゃないか。

 

助けてあげることが出来たのに見殺しにした。

 

もっともっと可愛がってあげればよかった。

 

嫌な想像ばかり浮かび吐きそうでした。

 

なんとか病院につき、すぐに先生が見てくれました。

 

「すでに死後硬直が始まっており、呼吸が止まってから時間も経過していて大変厳しい状態です。蘇生する為の応急措置をとることも出来ます。しかし、それでも大変難しいです。」

 

と言われてしまいました。

 

少しでも可能性があるならとお願いし、一旦待合室に戻りました。

 

妻は移動中から泣いていましたが、私も待っている間に堪えきれず泣いてしまいました。

 

15分程経過したころでしょうか。

 

手術室に呼ばれ、心臓マッサージを受けながら人工呼吸器に繋がれているふたばの姿がありました。

 

一生懸命蘇生措置を行ってくれましたが、ふたばは助かりませんでした。

 

また、待合室で待たされましたが二人して大泣きでした。

 

突然過ぎて頭の中が追いついてきません。

 

30分ぐらいでしょうか、どのぐらいか分かりませんが、ふたばが戻ってきました。

 

とても綺麗にしてくれていて、手には白と青のお花を持ったふたばでした。

 

普段の寝顔と全く変わらない姿だったので死んでいるなんて信じられません。

 

どうしても目が半分ぐらいしか閉じれなかったと先生は言いましたが、普段から目を半開きで寝ていたのでふたばらしいです。

 

今回、今までの骨の異常は直接的には関係無く、鼻か喉に出血がみられる為、なにか異物が入り込んでしまったんではないかとのことです。

 

そして、その結果鼻水が大量に出てしまい、うさぎは口で呼吸をしない為、どんどん鼻水・ヨダレが肺に行ってしまい、最後は呼吸が出来なくなってしまったようだとのことでした。

 

家に帰り、翌日は日曜日で二人とも仕事が無かった為、綺麗な状態で送ってあげたいという気持ちもあり、立ち会いの火葬の手配をしました。

 

その後、お供え用のお花や好きだったいちご、人参、パセリを買いに出かけ、少しだけ移動用のケースに入ったふたばと公園を散歩しました。

 

また、いつも一緒に寝ることはできなかったので最初で最後、ふたばを枕元に置いて一緒にその日は寝ました。

 

翌朝、私は妻より先に少し早く目が覚め、枕元ですやすやと寝ているふたばを撫でてあげ、そのまま布団の中で少し休んでいました。

 

そして、少したった後に妻が起きました。

 

そして、ふたばを見るなり「ごめんね・・ごめんね・・」と泣いてしまいました。

 

分かってる分かってるよ!

 

でも自分もふたばに「ごめん」と言ってしまったらどんどん自分に責任を感じ、妻までおかしくなってしまう気がするんです。

 

昨日も妻は何度も同じことを言っていました。

 

もちろん私もふたばのことは大好きですが、より愛が深かったのは妻の方だと思います。

 

だから「大人二人が一緒にいてあげたんだからしょうがないよ。」と。

 

「たまたま二人とも休みで最後に一緒にいてあげれてよかった。」と。

 

きっと正解ではないかもしれません。

 

私もとても辛いです。

 

でも妻を慰めて、明かりを付けもう一度ふたばの顔をみてあげると、半開きだった目が今日はほとんど閉じてるんです。

 

昨日より安らかな顔をしてるんですよ。

 

一緒に寝て安心したんですね。

 

 

よく我が家に遊びにきて、ふたばも大好きだった妻のお姉さんも火葬に参加してくれました。

 

三人でワンワン泣きながらふたばを見送りました。

 

火葬を終え、骨壷に収まるふたばはとてもとても小さくなってしまいました。

 

 

 

今日この話を書いている時に私が学生時代に好きだった、銀杏BOYZの「漂流教室」という曲が頭の中をグルグル回っています。

 

せっかくなので載せておきます。

 

 

告別式では泣かなかったんだ
外に出たらもう雨はあがってたんだ
あいつは虹の始まりと終わりをきっと一人で探しにいったのさ

二ヶ月後の夜 夢をみた
空いちめんトビウオが飛んでいた
あいつは笑ってギターを弾いて
君と僕は手を叩いたりして歌ったのさ

このまま僕等は大人になれないまま
しがみついて忘れないんだ
君の涙をいつか笑顔に変えてくれ
光る星に約束してくれ
はやく はやく こっちにおいでよ
君と僕は一生の友達なのさ

校舎の窓からUFOを見た
リレーのバトンを落としても走った
あの娘の横顔を何度も何度も授業中ぬすんでみたかった

あの夕焼けが沈むまえに自転車で競走さ
この坂道を登りきれなかったら百円な
今まで出会えた全ての人々に
もう一度いつか会えたらどんなに素敵なことだろう

このまま僕等は大人になれないまま
しがみついて忘れないんだ
君の涙をいつか笑顔に変えてくれ
光る星に約束してくれ
はやく はやく こっちにおいでよ
君と僕は一生の友達なのさ

はやく はやく こっちにおいでよ
君と僕は一生の友達なのさ

銀杏BOYZ/漂流教室

 

今聞いても良い曲ですね。

 

これからいつまでも残しておくわけにもいきませんので、ふたばのケージを片付けたいと思います。

 

奮発して買ったとても大きなケージなんですよ。

 

部屋の中を大きくふたばが占拠してたのに、部屋が広くなってしまいます。

 

泣きながら書いたのでよく文章もまとまってないと思いますが、どうしてもどこかに吐き出したい、ふたばが生きてたというのを残してあげたかったんです。

 

もう戻ってこないというのは分かっています。

 

好きでも、嫌いでも、「忘れてしまう」ということは生きていたということまで消えてしまうような気がするんです。

 

だから死ぬまで忘れずに生きていこうと思います。

 

ありがとう。ふたば。

 

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キク

東京都在住のアラサーの男性です。 会社の代表取締役として不動産賃貸業(投資)と「ミニマムベース」を運営しています。 元不動産仲介営業マン。楽しく発信していきたいと思います。

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